RSS | ATOM | SEARCH         
礼拝メッセージ 2017年12月17日

2017年12月17日
聖書:マタイによる福音書1章18〜25節

説教題
「救い主を待ち望む人々」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

マタイ福音書には、主の天使がヨセフの夢に現れて、救い主イエスが生まれる知らせを告げたと伝えられています(20〜21節)。創世記には、古代の信仰者ヨセフが、エジプト王の夢を説き明かした働きによって高い地位につき、後にイスラエルの人々を助けたと伝えられています。マタイ福音書が記された時代には、旧約聖書が聖書として読まれていました。このため福音書の著者マタイは、マリアと婚約していたヨセフが神のご計画に用いられたことを印象深く伝えるために、創世記に登場するヨセフの姿をもとに今日の場面を記したと考えられています。このような背景は、私たちにも大切な意味があります。なぜなら私たちも、旧約聖書を含めた聖書全体の御言葉に導かれて、御子イエスを救い主として信じ受け入れることが大切であるからです。この意味を心に刻み、神の御心に従ってマリアを妻として迎え入れたヨセフの姿にならって、聖書の御言葉と聖霊によって御子イエスを救い主としてお迎えする者とされるように祈り合いながら、クリスマスへ向かって歩み出しましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 21:30
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年12月10日

2017年12月10日
聖書:ヨハネによる福音書1章18〜25節

説教題
「神は我々と共におられる」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

「インマヌエル」という御言葉は旧約聖書が書かれたヘブライ語で記されており、「神は我々と共におられる」という御言葉は、新約聖書が書かれたギリシャ語で記されています(23節)。マタイ福音書が書かれた地域の教会には、ヘブライ語を話すイスラエルの人々に加えて、ギリシャ語を話すローマ帝国の人々も多く連なっていたと伝えられています。このため福音書の著者マタイは「インマヌエル」というヘブライ語をギリシャ語に翻訳することによって、神の御子イエスが、イスラエルとローマ帝国の人々を含めて、全ての人々と共におられる救い主としてお生まれになった恵みを強調していると考えられています。この意味を心に刻み、御子イエスが、私たちと共におられる救い主として遣わされた恵みを感謝して受け入れながら、アドヴェントの第二週へ遣わされてまいりましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 21:27
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年12月3日

2017年12月3日
聖書:マタイによる福音書1章1〜17節

説教題
「神のご計画」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

マタイ福音書の冒頭の系図には、神のご計画に従って御子イエスがお生まれになったことが示されています。ここには王の名前も多く含まれていますが、ダビデだけに「王」と記されている御言葉には、イスラエルの人々がダビデを深く敬愛していたことが示されています(6節)。しかしそのすぐ後には、「ダビデ」と記されているため、福音書の著者マタイは「王」という言葉を外すことによって、ダビデがウリヤの妻と罪を犯したことを示したと考えられています。ダビデに二つの呼び方が記されていることは、私たちにも大切な意味があります。なぜなら私たちの中にも、神の御心に従う思いと、神の御心から離れる思いがあるからです。この意味を心に刻み、罪ある私たちを含めて、神が全ての人々をご自身のご計画によって導いておられる御業を感謝して受け入れながら、アドヴェントの第一週へ遣わされてまいりましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 21:23
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年11月27日

2017年11月27日
聖書:テモテへの手紙一3章16節

   ルカによる福音書1章1〜26節

説教題
「人となられたイエス様」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

今日与えられましたテモテへの手紙の御言葉は、前半は通常の文章で後半は詩の形で記されています。このため手紙の著者パウロは、初代教会の賛美歌を後半に引用したと考えられています。また「キリストは肉において現れ」という歌詞には、イエス様が人間としてお生まれになったことが示されているため、この賛美歌はクリスマスに歌われていたと考えられています。このような背景は、ルカ福音書に伝えられているクリスマスの場面にも関わりがあります。なぜならルカ福音書1〜2章には、クリスマスを祝う賛美歌が大変多く収められているからです。このように、テモテ書とルカ福音書に賛美歌が収められていることは、私たちにも大切な意味があります。なぜなら教会では二千年に渡って、クリスマスの出来事が賛美歌によって歌い継がれてきたからです。この意味を心に留めて、イエス様が人間として私たち一人一人のもとにいらして下さった恵みを、聖書の御言葉と賛美歌によって喜び祝いながら、アドヴェントを歩んでまいりましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 21:19
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年11月19日

2017年9月3日
聖書:ヨハネによる福音書4章1〜15節

説教題
「永遠の命に至る水」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

ヨハネ福音書には、イエス様がサマリア地方の女性と会話をなさった後に、サマリアの人々が信仰へ導かれた出来事が詳しく伝えられています(4章1〜42節)。サマリアは、旧約聖書の時代に他の国々に何度も支配されていたため、イエス様がお生まれになった時代には、他の国の神様たちを信じる人々が多く住んでいました。このためイスラエルには、サマリア地方は色々な宗教がある悪い場所だと考えていた人々が多くいました。ところが今日の御言葉には、イエス様がサマリアの女性に永遠の命に至る水について話されたと伝えられています。このため福音書の著者ヨハネはこの場面によって、サマリア地方の人々も永遠の命へ招かれている恵みを強調していると考えられています(14節)。このような背景は、私たちにも大切な意味があります。なぜならイエス様は、伝道することが難しく思える場所や、私たちが悪く思っている人々もご自身のもとへ招いておられるからです。この意味をおぼえて、イエス様が全ての人々を永遠の命へ至る道へ導いて下さる恵みを感謝して受け入れながら、新しい週へ歩み出しましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 21:11
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年11月12日

2017年11月12日
聖書:ヨハネによる福音書3章22〜36節

説教題
「天から遣わされた御子イエス」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

「天から与えられなければ、人は何も受けることができない」という御言葉には、「御子イエスは天から遣わされ、天に帰られた」というヨハネ福音書全体の主題が示されています(27節)。聖書を研究する視点では、この御言葉は福音書の著者ヨハネが記したと考えられています。また「天から来られる方は、すべてのものの上におられる」という御言葉にも同じ意味が示されているため、著者ヨハネはこれらの御言葉によって、福音書の主題を強調していると言われています(31節)。この意味は、私たちにも関わりがあります。なぜなら御子イエスは、私たちを救って下さる神として地上へ遣わされたからです。この意味を心に留めて、御子イエスが私たちのために天への道を開いて下さった恵みを感謝して受け入れながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 21:07
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年11月5日

2017年11月5日
聖書:ヨハネによる福音書3章16〜21節

説教題
「世を愛された神」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

今日の御言葉に記されている「永遠の命」という言葉は、ヨハネ福音書だけに多く用いられています(16節)。この言葉は直前の「人の子によって永遠の命を得るためである」という御言葉にも使われており、「人の子」と「独り子」という御言葉はいずれも、主イエスを指し示す言葉です(15〜16節)。このため福音書の著者ヨハネは、3章前半の御言葉によって、父なる神が御子イエスを遣わし、御子の十字架と復活によって全ての人々を永遠の命へ招いておられる御業を、福音書全体の主題として強調していると考えられています。このような視点で「永遠の命」という御言葉が用いられていることは、私たちにも大切な意味があります。なぜなら「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」という御言葉には、神が世の全ての人々を愛し、御子イエスの十字架と復活による救いへ招いておられる恵みが伝えられているからです。この意味を心に留めて、神が私たち一人一人を愛し、永遠の命を授けて下さる約束を感謝して受け入れながら、新しい週の歩みへ遣わされてまいりましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 21:01
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年10月29日

2017年10月29日
聖書:ヨハネによる福音書2章13〜25節

説教題
「神殿を清める主イエス」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

今日の御言葉には、主イエスが神殿で商売を営んでいた人々を追い出したと伝えられています。この場面の主イエスは大変粗野に思えますが、神殿の境内は広く、警備する人々もいたため、お一人でこのような行動をすることは難しかったと考えられています。このため今日の場面には象徴的な意味があると言われています。第一の意味は、神殿の祭儀のために商売をすることに対して、主イエスが批判を持っておられたことです。また第二の意味は、礼拝を捧げる場で主イエスが私たちの心を清めて下さる御業が象徴されていることです。私たちはもちろん、教会で商売をすることはありません。しかし、打算的な気持ちで礼拝にあずかっていたり、自分の都合で聖書の御言葉を理解しようとするならば、自分の利益のために神殿で商売をしていた人々の姿に通じるのではないでしょうか。この意味を心に留めて、神の御心にかなった礼拝を整えるように努めると共に、主イエスが私たちの心を清めて下さる御業を感謝して受け入れながら教会生活を歩み続けてまいりましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 20:56
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年10月22日

2017年10月22日
聖書:ヨハネによる福音書3章1〜15節

説教題
「新しい命」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

今日のヨハネ福音書の場面には、ユダヤ教のファリサイ派に属する議員であったニコデモが、夜に主イエスのもとを訪ねたと伝えられています(1〜3節)。ヨハネ福音書が書かれた当時はユダヤ教と教会が対立を深めており、ユダヤ教の人々が教会に行くと、共同体から除名されるという取り決めがあったと伝えられています。このため、主イエスのもとを訪ねたニコデモの姿には、隠れた姿で教会へ通っていたユダヤ教の人々が象徴されていると考えられています。また主イエスがニコデモにおっしゃった「新たに生まれる」という御言葉は、「神から命を与えられる」という意味があります。このため福音書の著者ヨハネは今日の場面によって、ニコデモのような立場の人々も救いへ招かれている恵みを伝えたと考えられています。このことは、私たちにも大切な意味があります。なぜなら私たちも、ニコデモのように、控え目な姿で信仰生活を歩むことがあるかもしれないからです。この意味を心に留めて、十字架によって私たちの罪を赦し、復活によって死を滅ぼして下さった主イエスが、私たちに日々新しい命を与えて下さっている恵みを感謝して受け入れながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 20:50
comments(0), trackbacks(0), pookmark
礼拝メッセージ 2017年10月15日

2017年10月15日
聖書:ヨハネによる福音書2章1〜12節

説教題
「最初の奇跡」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

聖書では神の働きを示すために「七」という数字を用いることがあります。ヨハネ福音書が書かれた当時は、ユダヤ教から教会へ改宗した人々が多くいたと伝えられています。このため「七」に一つ足りない「ユダヤ人が清めに用いる六つの水がめ」という御言葉には、ユダヤ教では救いを得ることが出来ず、奇跡をなさった主イエスこそが神であることが示されていると考えられています(6〜9節)。このことは、私たちにも身近な意味があります。なぜなら、奇跡を見て主イエスを信じた弟子たちの姿には、神の御業を信じることの大切さが示されているからです(11節)。この意味をおぼえて、神なる主イエスの御業を見出す信仰の目を授けられるように祈り合いながら教会生活を歩み続けてまいりましょう。
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 20:45
comments(0), trackbacks(0), pookmark