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礼拝メッセージ 2019年9月15日

2019年9月15日
聖書:ヨハネの手紙一5章1〜21節

説教題
「父なる神と御子イエス」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


「彼らのため」という御言葉は、主イエスの直接の弟子を示す言葉です。また「彼らの言葉によってわたしを信じる人々」という御言葉には、ヨハネ福音書が書かれた時代に、弟子たちが語り伝えた言葉によって、主イエスを神の御子と信じ受け入れた人々のことが示されています(20節)。この御言葉には時と場を越えて、全ての教会に連なる信仰者を指し示す意味があります。また「すべての人を一つにしてください」という御言葉は、父なる神、御子イエス、聖霊なる三位一体の神を信じる教会の人々が一つとされるという意味があります。教会の歴史は、人間的な視点では分裂の繰り返しと言われることがあります。しかしヨハネ福音書全体には、三位一体なる神を信じ受け入れることによって、神の御子イエスを頭とする全ての教会が、それぞれの立場を越えて一つとされることの大切さが示されています。この意味を心に留めて、教会としても一人の信仰者としても、三位一体なる神を信じ受け入れる者とされるように祈り合いながら、新しい週の歩みへ遣わされてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 23:02
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礼拝メッセージ 2019年9月8日

2019年9月8日
聖書:ヨハネによる福音書17章1〜19節

説教題
「真理の御言葉」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


神の御子イエスは「真理によって、彼らを聖なる者としてください」というお言葉によって、父なる神が全ての人々を聖なる者として下さるように祈って下さいました(17節)。また「あなたの御言葉は真理です」という御言葉には、聖書に伝えられている神の教えが全て真実であることに加えて、御子イエスの十字架と復活による救いが聖書に証しされていることを指し示す意味があります(17節)。このため今日の御言葉全体には、神の御子イエスの十字架と復活よる救いを心から信じ、主イエスの教えと御業が伝えられている聖書の御言葉に導かれて歩むことの大切さが示されています。このことは、私たちにとって大切な意味があります。なぜなら旧約聖書を含めた聖書全体には、神の救いの歴史と信仰の知恵が伝えられているからです。この意味を心に刻み、聖書の御言葉と聖霊によって御子イエスの十字架と復活による救いを心から信じると共に、日々の歩みが父なる神と御子イエスがおられる天へ続く時となるように祈り合いながら、新しい週へ遣わされてまいりましょう。

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礼拝メッセージ 2019年9月1日

2019年9月1日
聖書:ヨハネによる福音書16章25〜33節

説教題
「勝利者なる主イエス」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


神の御子イエス・キリストは、罪が全くない方であるにも関わらず、当時のユダヤ教の人々から迫害され、偽りの裁判を受け、十字架に架けられて息を引き取られました。また新約聖書に収められている四つの福音書には、主イエスが周りの人々やご自身の兄弟から悪く言われていたと伝えられています。これらの出来事には、御子イエスが私たちと全く同じ人間として、様々な苦難を受けておられたことが示されています。このため「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」というお言葉は、真の人間として歩まれた主イエスが私たちを慰め、励ましておられる意味があります(33節)。復活によって死をはじめとする全ての苦難に勝利なさった御子イエスは、聖書の御言葉と聖霊によって父なる神の御心にかなった道へ私たちを招き続けておられます。この恵みを心に留めて、主イエスが私たちを天に至るまで導いておられる御業を感謝して受け入れながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 22:42
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礼拝メッセージ 2019年8月18日

2019年8月18日
聖書:ヨハネによる福音書16章16〜24節

説教題
「悲しみから喜びへ」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる」という御言葉は、主イエスの弟子たちにとっては、主が十字架に架けられ、死んで葬られた時には主を見なくなるけれども、その後に復活の主イエスを仰ぎ見ることを約束するお言葉でした(16節)。またこの御言葉は、ヨハネ福音書が書かれた時代の人々にとっては、主イエスが再び来られることを約束する意味がありました。この御言葉を二つの視点で理解することは、私たちにとって大切な意味があります。なぜならこの御言葉は、神の御子イエスが十字架に架けられ、三日目に復活され、天に昇られたことを伝える言葉であると共に、主が再臨なさることを約束されたお言葉でもあるからです。この意味を心に刻み、聖書の御言葉と聖霊によって、主イエスが再臨されることへの希望を抱き続けながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 23:10
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礼拝メッセージ 2019年8月11日

2019年8月11日
聖書:ヨハネによる福音書16章1〜15節

説教題
「聖霊の働き」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


「今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしている」という御言葉には、父なる神がおられる天へ御子イエスが帰られることが示されています(5節)。また「弁護者」という御言葉は、ヨハネ福音書では聖霊を示す意味があるため、「弁護者を送る」という御言葉には、御子イエスが父なる神の御許から聖霊を与えて下さる恵みを約束する意味があります(7節)。さらに聖霊には、罪と義と裁きを示す働きがあると書かれています(8〜11節)。この働きは、私たちにとって戒めの意味があります。なぜなら聖霊なる神は、私たちの不信仰な思いを戒め、健やかで確かな信仰へ導いて下さるからです。この意味を心に留めて、父なる神、御子イエス、聖霊なる神が私たちの信仰を守り導いておられる恵みを感謝して受け入れながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。

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礼拝メッセージ 2019年8月4日

2019年8月4日
聖書:ヨハネによる福音書15章18〜27節

説教題
「主イエスと教会への迫害」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


ヨハネ福音書が書かれる少し前の時代から、教会の人々はユダヤ教の人々から迫害されていました。このため「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい」というイエス様のお言葉には、教会の人々が苦しんでいる時には、イエス様が人々から憎まれて十字架に架けられたことを思い起こしなさいという意味がありました(18節)。このような出来事があったため、福音書を書いたヨハネはイエス様のお言葉によって教会の人々に慰めと励ましを与えたと言われています。教会の人々へイエス様のお言葉が与えられたことは、私たちにも大切な意味があります。なぜなら私たちも、信仰について周りの人々に理解して頂けない時には、聖書の御言葉を通して語られるイエス様のお言葉を聴くことが大切であるからです。この意味を心に留めて、苦しんでいる時にこそ、イエス様が聖書のお言葉と聖霊によって私たちを守り導いておられる恵みに信頼しながら、神様のお心にかなった道を歩んでまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 23:18
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礼拝メッセージ 2019年7月28日

2019年7月28日
聖書:ヨハネによる福音書15章1〜17節

説教題
「主イエスはまことの木」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


ぶどうの木は肥沃な地域でも痩せた土地でも育つため、古代から現代に至るまでイスラエル全土で広く栽培されています。このため「わたしはまことのぶどうの木」というお言葉から始まる主イエスの教えは、イスラエルの人々に身近な喩え話でした(1〜10節)。旧約聖書には、ぶどうの豊かな実りは神の祝福のしるしであると伝えられています(創世記9章18〜29節/詩編80編8節)。また「わたしの父は農夫である」という御言葉には、ぶどう園の主人である父なる神が御子イエスを「まことのぶどうの木」として地上に植えられ、全ての人々を育んでおられる恵みが示されています。このような背景は、私たちにとって大切な意味があります。なぜなら、ぶどうの木である御子イエスは、私たちに必要な恵みを豊かに授け、ご自身の身体なる教会を通して私たちを確かな信仰へ導いておられるからです。この御業を感謝して受け入れ、ぶどうの木である御子イエスにつながり続ける者とされるように祈り合いながら、新しい週の歩みへ遣わされてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 23:09
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礼拝メッセージ 2019年7月21日

2019年7月21日
聖書:ヨハネによる福音書14章25〜31節

説教題
「弁護者なる聖霊」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


ヨハネ福音書が書かれた紀元後90年頃に、教会とユダヤ教は信仰の理解の違いが深まったため対立していました。このため「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊」という御言葉には、ユダヤ教の人々に対して信仰について語る時に、弁護者である聖霊が言葉を語って下さる御業が示されています(26節)。またヨハネ福音書が書かれた時代には、現在の新約聖書の元の文書がほとんど書き終えられていたため、この御言葉には聖霊によって聖書の御言葉を思い起こすことの大切さも示されています。このような背景は、私たちにも大切な意味があります。なぜならヨハネ福音書が書かれた時代の人々と同様に、私たちも信仰について語り伝える者とされているからです。この意味を心に留めて、教会としても一人の信仰者としても、主イエスの十字架と復活を証しする器とされるように祈り合いながら、新しい週へ歩み出しましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 23:20
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礼拝メッセージ 2019年7月14日

2019年7月14日
聖書:ヨハネによる福音書14章15〜24節

説教題
「真理の霊」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


イエス様は「わたしの掟を守る」というお言葉によって、神様のお心にかなった道を歩むことの大切さを教えておられます(15節)。また「弁護者」という言葉は「自分の代わりに言葉を語る方」という意味であるため、「弁護者を遣わして」というお言葉には、聖霊の助けによって聖書が説き明かされることが示されています(16節)。さらに「真理の霊」というお言葉には、聖書のお言葉と聖霊に導かれて神様を深く知ることの大切さが示されています(17節)。ヨハネ福音書が書かれた時代には、新約聖書がほとんど書き終えられていました。このため今日の御言葉には、聖書のお言葉と聖霊に守り導かれて歩むことの大切さが示されています。この意味を心に留めて、聖書のお言葉と聖霊によって神様のお心にかなった道へ導かれるように祈り合いながら、新しい一週間を歩み続けてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 23:25
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礼拝メッセージ 2019年7月7日

2019年7月7日
聖書:ヨハネによる福音書14章1〜14節

説教題
「わたしは道であり、真理であり、命である」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


ヨハネ福音書全体には、父なる神がおられる天から御子イエスが来られ、再び天へ帰られたという理解が繰り返し記されています。このことは「わたしは道であり、真理であり、命である」という御言葉に示されています(6節)。なぜなら「わたしは道である」という御言葉には、私たちが天に至る道を御子イエスが開いて下さった恵みが示されているからです。また「真理」という御言葉には、聖書の御言葉によって信仰の真理を知ることの大切さが示されています。さらに「命」という御言葉には、復活された主イエスから日々新しい命を授かっている恵みが示されています。このため福音書の著者ヨハネは主イエスのお言葉によって、ヨハネ福音書全体の大切な主題を強調していると考えられています。このことは、私たちにとって身近な意味があります。なぜなら主イエスは、私たちに日々新しい命を授けて下さり、聖書の御言葉と聖霊によって、私たちを天に至るまで導いておられるからです。この意味を心に刻み、私たちの日々の歩みが、父なる神と御子イエスがおられる天へ至る道であることを感謝して受け入れながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 23:28
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