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聖書研究会 「詩編54編、56編」

巣鴨教会聖書研究会 詩編54編56

2019年5月26日 渡辺善忠

 

 今月はまだ学んでいない54編と56編を学びます。

 

詩編54編

 サムエル記上16章には、神の命を受けたエルサレム神殿の祭司サムエルが、ダビデに「油を注いだ」と伝えられています。油を注ぐ儀礼はイスラエルの王や祭司として任職される意味があるため、ダビデはこの後に王への道を歩むことになりました。サウル王は、当初は自分に仕えていたダビデが自分の後を受け継ぎつつあった状況を受け入れられず、ダビデを疎んじるようになりました。このような状況は「ジフ人が来て、サウルに『ダビデがわたしたちのもとに隠れている』と話したとき」(2節)という御言葉に伝えられています。なぜならこの御言葉には、サウル王から逃れたダビデが身を寄せていたジフ人たちが、ダビデが隠れていることをサウルに密告した出来事が示されているからです(サムエル記上23章参照)。

 前書きにはこのような背景がありますが、本文にはこの出来事を伝える具体的な内容が含まれておりません(2節)。また「異邦の者」(5節)という御言葉はイスラエル以外の人々を示す意味であるため、この詩編は元々、イスラエルが近隣諸国との戦いに臨んだ時に戦勝を祈った詩であると言われています。このため54編は、ダビデの苦難を伝える前書きを含めて、元来の詩が長期間に渡って整えられて現在の形に至ったと考えられています。従って聖書を研究する視点では、ダビデの歩みと現在の内容には隔たりがあります。

このことに対して黙想的な視点では、「苦難に直面した時に身を隠す」という御言葉は、全ての人々にとって身近な意味があります。なぜなら私たちも、「異邦の者がわたしに逆らって立ち、暴虐な者がわたしの命をねらっています」と神に訴えることがあるからです(5節)。また私たちも、苦難や悩みに直面している時には、サウルから逃れたダビデのように、敵の面前から逃れて神に祈ることがあるからです。

このような意味は、「主よ、わたしは自ら進んでいけにえをささげ、恵み深いあなたの御名に感謝します」という御言葉にも示されています(8節)。なぜなら「いけにえをささげ」という御言葉は、「礼拝を捧げる」という意味があるため、この御言葉には、礼拝の時が、神がご用意下さった「隠れ家」であり、苦難に直面した時の祈りの場であることが示されているからです。この意味をおぼえて、苦難の内にある時には、礼拝において神の御許へ身を寄せて、神の助けを祈りつつ歩むことの大切さを思い起こしたいと思います。

 

詩編56編

 この詩編にもダビデが苦難を受けたと伝えられており、前書きの御言葉は、列王記上21章を背景として記されました(1節)。また「はるかな沈黙の鳩」(1節)という御言葉は、「聖所から遠く離れた人々のために」とも訳せるため、この詩編は、聖所(エルサレム神殿)から遠く離れた地域においても、ユダヤ教の会堂で行われていた礼拝で広く歌われていたと考えられています。56編が広い地域で歌われていたことは、2〜3節がエレミヤ書の御言葉に通じる意味があることや、9節が詩編69編や139編、出エジプト記、マラキ書、ダニエル書の御言葉に通じる意味があることに示されています。また締め括りの御言葉は、詩編36編に並行箇所があります。このように他の書物にも同じ内容の言葉が多く収められているため、この詩編の原詩は早い時期から広い地域で歌われていたと考えられています。

また旧約聖書全体には、パレスチナ地方の西側の海洋民族であったペリシテ人がイスラエルとしばしば敵対していたと伝えられています。このため、54編では個人の苦難が歌われていることに対して、56編の原詩は、ダビデを中心としたイスラエル全体が、ペリシテと敵対関係を深めていた時代に歌われていたと考えられています。このような状況の中で、「神の(主の)御言葉を賛美します」(5、11節)という御言葉が繰り返し歌われているため、この詩の主題は、国としても一人の信仰者としても、苦難の中で神の御言葉に信頼して歩むことであると言われています。

 これらの背景に照らして考えますと、56編は、ダビデを中心とするイスラエル全体がペリシテ人と対立していた原詩が、旧約聖書の元となった書物が書かれていた紀元前6世紀以降に発展し、エルサレムに第二神殿が建てられた後は、神殿でも町ごとの会堂の礼拝でも広く用いられていたと考えられています。

 詩編が旧約聖書と共に発展したことは、私たちにも大切な意味があります。なぜなら、詩編や讃美歌は聖書の内容を伝えるための詩歌であり、翻訳などを含めて、聖書にそって発展し続けているからです。この意味を心に留めて、礼拝で与えられる聖書の御言葉と讃美歌を歌うことによって神の救いの御業に感謝を捧げ、救いの歴史を歌い伝え続ける器とされるように祈り合いながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:聖書研究, 14:57
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