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礼拝メッセージ 2018年10月7日

2018年10月7日
聖書:ヨハネによる福音書9章1〜12節

説教題
「神の業が現れるため」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

 

 

古代のユダヤ教の人々は、重い病気や生まれつきの障害は罪があるために起こると考えていました。このため主イエスの弟子たちは、生まれつき目の見えない人を見かけた時に「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」と主に尋ねました(1〜2節)。この質問に対して主イエスは「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」とお答えになりました(3節)。主イエスの御言葉には、神が私たちの身体を創って下さった恵みが示されています。また目が見えなかった人が癒された出来事には、信仰の目が開かれて神の御子イエスを見る者とされるという象徴的な意味もあります。この意味を心に刻み、神が授けて下さった身体を感謝して受け入れると共に、主イエスが私たちの信仰の目を開いて下さるように祈り合いながら、新しい週の歩みへ遣わされてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 17:50
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