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聖書研究会 「詩編と賛美歌」

巣鴨教会聖書研究会 詩編と賛美歌

〜神殿の祭儀と初代教会/第二世代の教会の状況をふまえて〜

2018年1月21日 渡辺善忠

2015年1月の聖書研究会で詩編を学び始めてから三年経ちましたので、今回は「閑話休題」として、詩編が賛美歌として受け継がれた経緯を学びたいと思います。

 

1.神殿の祭儀と詩編

 すでに学びましたように、詩編は、エルサレムに第一神殿が建てられた紀元前10世紀頃から編纂が始まりました。この時代の詩編は、現在の構成とは異なり、内容や作者によってまとめられていたと考えられています。このことは神殿の祭儀にそくした方法でした。なぜなら神殿では、一回の祭儀に複数の詩編が用いられていたため、祭司にとっては、祭儀が始まる時の詩編、祭儀の内容にそくした詩編、祭儀を締め括る詩編等、内容別に分類されているほうが実用的であったからです。

 また詩編の中には、アルファベットの順に詩が整えられている数え歌や、古代イスラエルの歴史が歌われているものが含まれています。これらの詩編は、神殿だけでなく家庭の礼拝や子どもの教育用にも用いられていたと言われています。例えば、出エジプトの出来事を祝う過越の祭は、神殿や会堂ではなく、家庭で祝われる習慣があり、この時には家長(おもに父親)が「家庭礼拝」を司っていました。このため出エジプトの出来事を伝える詩編は、家庭でも歌われていたと考えられています。現在の詩編では、古代イスラエルの歴史を伝える詩は分散されていますが、第一神殿時代には同じ項目にまとめられていた可能性があると考えられています。

 ところが第二神殿時代に至ると、第一神殿時代から受け継がれた詩編全体は、五つの項目にまとめられることになりました。詩編が五つにまとめられたことは、同じ時代に旧約聖書が編纂され始めたことに関わりがあります。なぜなら旧約聖書は、創世記から申命記までの「モーセ五書」を土台としているため、詩編はモーセ五書に基づく祭儀に用いられるために、五つの項目に再編纂されることになったからです。

 このように詩編が編纂される方法が変化したことを心に留めながら、初代教会が詩編を賛美歌として受け継いだことを学びたいと思います。

 

2.教会の礼拝と詩編

最初期の教会はユダヤ教の会堂で礼拝を守っていたため、礼拝全体の構成はユダヤ教の会堂から受け継がれたと考えられています。また当初は教会で創られた賛美歌が少なかったため、詩編がおもな賛美歌として歌われていたと言われています。

このような状況は、コロサイの信徒への手紙の以下の御言葉に示されています。

「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、論し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。」(コロサイの信徒への手紙3章16節)

ここに伝えられている「詩編」は詩編のこと、「賛歌」は教会で創作された賛美歌のこと、「霊的な歌」は即興的な歌であったと考えられています。コロサイ書は第二世代の教会で記された手紙であり、ここには「詩編」が最初に記されているため、初代教会から第二世代の教会では、詩編が多く歌われていた賛美歌ようです。同じ時代に書かれたエフェソの信徒への手紙の5章19節にも同様の御言葉が収められているため、コロサイとエフェソの教会は、同じ状況であったと言われています。

 詩編が初代教会の賛美歌として用いられていたことは、改革長老制度の伝統を受け継ぐ教会にとって特に大切な意味があります。なぜなら、改革長老制度のルーツであるカルヴァンは、初代教会から二世代目の教会で詩編が多く歌われていたことを尊重して、ジュネーヴで宗教改革運動を始めた当初には、詩編だけを賛美歌として用いていたからです。この詩編は後に「ジュネーヴ詩編歌」としてまとめられました。

 巣鴨教会の聖書研究会では現在、2〜3編ずつ詩編を学び続けておりますが、旧約時代から第二世代の教会にかけては、礼拝の時に数編の詩編が賛美歌として歌われていたことを心に留めながら、詩編を学び続けてまいりたいと思います。

author:sugamo-church, category:聖書研究, 00:21
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