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聖書研究会 「詩編11〜12編」

巣鴨教会聖書研究会 詩編1112

2017年3月19日 渡辺善忠

 

 詩編11〜12編の前書きに記されている「指揮者によって」という御言葉には、この二編が、指揮者を必要とする多くの人数で歌われていたことが示されています。

また「ダビデの詩」という御言葉には、この詩が、詩歌に秀でていたダビデに捧げられたことが示されています。さらに12編の前書きに記されている「第八調」は古代の音階のことであり、「賛歌」という御言葉にはこの詩が神殿の祭儀で歌われていたことが示されています。この意味をおぼえながら、各詩の意味を辿りたいと思います。

 

詩編11編

 冒頭の「主を、わたしは避けどころとしている」(1節)という御言葉には、この詩が神への信頼を土台とする歌であることが示されています。「避けどころ」という御言葉は神への信頼をあらわす詩編でしばしば用いられているため、この言葉は、詩編全体が編纂された紀元前6〜5世紀の慣用句であったと考えられています。

 また「世の秩序が覆っている」(3節)という御言葉は、詩編でここだけに記されているため、この言葉は原詩に遡る可能性があります。この御言葉の歴史的背景を確定することは難しく、「秩序が覆る」という御言葉の原意は「基が覆される」という意味であるため、この御言葉は普遍的な意味で用いられていると言われています。

 さらに「聖なる宮」(4節)という御言葉はエルサレム神殿をあらわし、「災いの火」、「燃える硫黄」(6節)という御言葉は、創世記19章のソドムとゴモラの古事に類似しているため、この詩の原詩は第一神殿で歌われていたとも言われています。

 これらの可能性を身近な意味に照らして考えますと、「世の秩序が覆る」とは、政治などの国の体制が変わる意味があり、「聖なる宮」は教会を示す意味があるため、この詩には、歴史の荒波を越えて、神が信仰者を導いておられる御業が示されていると言えましょう。この意味を心に留めて、古の詩によって、神への信頼を土台として歩む者とされている幸いを感謝して受け入れたいと思います。

 

詩編12編

 この詩には、「言葉」の多面性について歌われています。「偽りを言い、滑らかな唇、二心をもって話します」(3節)という御言葉には、偽りの言葉を口にすることを戒める意味があります。また「舌によって力を振るおう」(5節)という御言葉は、呪文によって敵対者を滅ぼすような呪術的な背景があると言われています。さらに、「主に逆らう者〜卑しむべきことがもてはやされる」(9節)という御言葉には、世に偽りの言葉が蔓延している状況を告げる意味があります。

 これに対して、「主の仰せは清い。土の炉で七たび練り清めた銀」という御言葉には、神の言葉が真実で値高いことが示されています(7節)。また「仰せを守り」という御言葉には、神が御言葉によって信仰者を守って下さる恵みが示されています(8節)

 このように神と人間の言葉の対照性が詩的に表現されているため、この詩は元々、箴言のような格言が歌われていた古詩に遡る可能性があると考えられています。

 言葉の多面性が歌われていることは、私たちにとって大切な意味があります。なぜならこの詩には、自分の言葉を慎み、聖書の御言葉を神の言葉として受け入れることの大切さが示されているからです。この意味をおぼえて、神の言葉と世俗の言葉を聴き分ける信仰の耳を授けられるように祈り合うと共に、聖書の御言葉を学び続けることの大切さを心に留めながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:聖書研究, 00:00
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