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聖書研究会 「詩編29編、62編」

巣鴨教会聖書研究会 詩編29編、62編

2016年12月18日 渡辺善忠

 今年の待降節からクリスマスにかけては、「信仰告白と降誕物語」と題して、新約聖書の使徒書簡や福音書に収められている信仰告白の韻文とルカ福音書のクリスマス物語を辿りながらクリスマスへ備えています。このため、待降節からクリスマスにかけては、信仰告白の内容にそくした詩編を交読することに致しました。今月はこの意味をおぼえながら、待降節第四主日とクリスマス礼拝の詩編を学びます。

 

詩編62編(12月18日・待降節第四主日)

 この日は、フィリピの信徒への手紙2章に伝えられている信仰告白とルカによる福音書1章に収められているザカリアが歌った賛歌を辿りながら礼拝を守ります。フィリピ書の信仰告白とザカリアの賛歌はいずれも、信仰共同体が礼拝で信仰を告白し、神への信頼をあらわす歌として用いられていました。このため待降節第四主日には、神への信頼が歌われている詩編62編を交読することに致しました。

 詩編62編には、信仰共同体で混乱や動揺が起こっている中で神への信頼を持ち続けることの大切さが歌われています。「人の子らは空しいもの。人の子らは欺くもの」(10節)という御言葉には、詩人が孤立していた状況が示されています。また「力が力を生むことに心を奪われるな」(11節)という御言葉には、不信仰な人々が共同体の中で徒党を組んでいた悪しき背景があったと考えられています。詩編62編にはこのような背景があるため、この詩は、孤立して苦しみの中を歩んでいた詩人の嘆きの歌が発展し、シナゴーグ(会堂)からイスラエル全体へ至るまで、混乱に陥っている信仰共同体全体への警告として歌われるようになったと考えられています。

 詩編62編にこのような背景があることは、フィリピ書に収められている信仰告白にも通じる意味があります。なぜなら初代教会の人々は、様々な困難の中で教会が堅く建てられるために、信仰の基本的な理解を信仰告白として整えたからです。この意味を心に留めて、詩編と信仰告白の歌に導かれてクリスマスへ備えましょう。

 

詩編29編(12月25日・クリスマス礼拝)

 ルカによる福音書2章14節には、「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」という天使たちの賛美が収められています。この歌は新約聖書が書かれたギリシャ語から「Gloria in excelsis Deo」というラテン語に訳され、賛美歌263番ではラテン語の歌詞が「グローリア、インエクセルシスデオ」という片仮名で歌い継がれています。この歌詞にちなんで、クリスマス礼拝では「栄光と力を主に帰せよ」(1節)、「主が民を祝福して平和をお与えになるように」(11節)という御言葉が収められている詩編29編を交読することに致しました。

 詩編29編は、神を賛美する歌(1〜2節)と平和を願う素朴な祈り(11節)に挟まれて、自然を統べ治める神の御力が讃えられています(3〜10節)。神の御力を讃える部分は、パレスチナ地方の土着の神々への賛歌から影響を受けていると言われています。このため、詩編29編の原詩は古い時代に遡ると考えられています。このような背景があるため、詩編29編は、自然を治める神を讃えた素朴な詩が、隣国との戦乱の中で発展して、現在の形に至ったと考えられています。

 詩編29編にこのような背景があることは、私たちにも関わりがあります。なぜなら古代から現代に至るまで、世界にも私たちの身近なところでも絶え間なく争いが起こっているからです。この意味を心に留めて、礼拝において神に栄光を帰し、平和を築く器として用いられるように祈り合いながら、クリスマスを喜び祝いましょう。

author:sugamo-church, category:聖書研究, 23:55
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