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聖書研究会 「詩編31編、81編」

巣鴨教会聖書研究会 詩編31編、81編

2016年10月16日 渡辺善忠

 

詩編31編(10月23日・召天者記念礼拝)

 「まことの神よ、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます」(6節)という御言葉は、ルカ福音書では、主イエスが十字架上で息を引き取られる直前に、ご自身の生命を父なる神へ委ねたお言葉として伝えられています(ルカ福音書23章46節)。このため詩編31編は、多くの教会で受難節(棕櫚の主日)に交読されています。またこの御言葉は、受難節という暦を超えて広い意味でも理解されており、信仰者が神へ生命を委ねることの大切さを示す詩編としても歌い継がれています。この意味をおぼえて、今年は召天者記念礼拝の時にこの詩編を交読することに致しました。

 この詩編の前半(2〜14節)には、苦難に直面している詩人が神へ信頼を持ち続けていることが、「砦の岩、城砦、大岩、砦」(3〜4節)という御言葉に示されています。また「空しい偶像に頼る者」(7節)や「わたしの敵」(12節)という御言葉には、他の宗教の人々を指す意味があり、「骨は衰えていきます」(11節)、「壊れた器を見なします」(13節)という御言葉には、詩人が病気であったことが示されています。さらに後半(15〜25節)では、苦難の中で神に信頼することの大切さが歌われています。このような内容であるため、詩編31編の原詩は、偶像に満ちていたバビロンで病気を患った詩人が、神への信頼を歌った歌であったと考えられています。

 このような背景は、私たちにも身近な意味があります。なぜなら私たちも、様々な困難に直面する時や、病気の時にこそ、私たちに命を授けて下さった神への信頼に立ち続けることが大切であるからです。この意味を心に留めて、私たちに日々新しい命を授けて下さっている神へ感謝を捧げながら、この詩編を交読致しましょう。

 

詩編81編(11月20日・伝道礼拝)

 この詩編は、祝祭的な神を讃える歌で始まります(2〜6節)。前書きの「指揮者」という御言葉には、この歌が、指揮者を必要とする多くの人数で歌われたことが示されています。また「ギティト」は、楽器や調性(音階)を指定する意味の言葉であったと言われています。このような前書きがあるため、詩編81編は元々、神殿の大掛かりな祭儀で用いられるために編纂された歌であると考えられています。

 また、7〜11節の段落は、「わたしに聴き従え」という神のご命令が主題であるにも関わらず、12〜15節には、神の声に聴き従わなかったイスラエルの歴史が歌われています。さらに16〜17節には、神の御言葉を聴き、御言葉を信頼しつつ歩む信仰者へ、神が豊かな恵みを与えて下さる約束が伝えられています。

 この内容は、神殿の祭儀のみならず、シナゴーグ(会堂)の礼拝にも、教会の礼拝にも通じる広い意味があります。このため詩編81編は、ユダヤ教の信仰の歴史を受け継いだ初代教会の礼拝でも、早い時期から歌われていたと考えられています。

このような背景をふまえて、詩編81編全体の内容を私たちの礼拝に照らしますと、礼拝の始まりで神を讃える「頌栄」(2〜6節)、聖書の御言葉(説教)に聴くことを勧める言葉(7〜11節)、信仰の歴史を振り返り、悔い改めを促す言葉(12〜15節)、御言葉に聴き従う者への祝福の約束(16〜17節)という礼拝全体の構成にそのままつながる意味があります。この意味をおぼえて、旧約聖書の時代から現代に至るまで、礼拝の大切な骨組みが数千年に渡って受け継がれている信仰の歴史を心に留めながら、詩編81編を交読致しましょう。

author:sugamo-church, category:聖書研究, 23:53
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