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礼拝メッセージ 2018年2月18日

2018年2月18日
聖書:ヨハネによる福音書18章1〜11節

説教題
「だれを捜しているのか」

渡辺善忠牧師(要旨)
 
主イエスはご自身を捕えに来た人々に対して、「だれを捜しているのか」とお尋ねになりました。この問いに対する「ナザレのイエスだ」という言葉には、主イエスが本当の人間としてナザレでお育ちになったことが示されています。また「わたしである」という主イエスのお言葉は、旧約聖書では父なる神を示す言葉として用いられています(4〜5節、7〜8節)。今日の御言葉にこのような背景があることは、ヨハネ福音書が書かれた時代に関わりがあります。なぜならヨハネ福音書が書かれた第三世代の教会では、御子イエスが真の人であり神でもあるという信仰の理解が定着していたからです。このことは、私たちにも大切な意味があります。なぜなら主イエスは、私たちを親しく導いて下さるために人間として地上を歩まれ、父なる神と等しい神として十字架に架けられ、復活によって私たちに新しい命を授けて下さっているからです。この意味を感謝して受け入れ、主イエスが私たちを救って下さるために十字架に向かわれたお姿を心に刻みながら、受難節を歩んでまいりましょう。

 
author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 23:16
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