RSS | ATOM | SEARCH         
聖書研究「出エジプト32章◆

 巣鴨教会聖書研究会 「出エジプト32章◆

2010年1月17日 渡辺善忠 牧師

1.神の救いと選び

 32章では、「あなたをエジプトの国から導き上った」という言葉が繰り返し記されており、1、4、8、23節では民が、7節では神が、11節ではモーセがこの言葉を語っています。この中で、民がこの言葉を語っている場面は、偶像として金の子牛を作る出来事に関係していることに対して、神とモーセはこの言葉を、神がイスラエルを救った歴史を思い起こす意味で語っています。このように、同じ言葉が対照的な意味で用いられていることには、イスラエルの人々が神の救いの歴史を誤って理解した時に、神から離れた悪しき姿が示されていると言えましょう。

 振り返りますと、25章から31章には、祭儀を行う幕屋を建設する方法が詳述されておりました。このことから、出エジプト記の著者は、イスラエルの人々だけが神の救いの歴史に応答する民であることを強調していると考えられています。

 この意味は私たちにも関わりがあります。なぜなら神は、エジプトにおいて奴隷であったイスラエルの人々を助け導いたと同様に。御子イエスの十字架によって、罪の奴隷であった私たちを救って下さったからです。また神は、私たちを様々な枷から解き放ち、自由な信仰者として導いておられます。私たちはこの恵みを心に留めて、神の救いの御業と選びに応えて、礼拝を守る民として歩んでまいりましょう。

 

2.金の牛について

 金の牛は「若い雄牛」であったと伝えられています(4節)。旧約聖書には、「若い雌牛」(創世記15章9節)、「去勢された雄牛」(詩編10620節)など、他の牛を示す言葉があります。このように牛を示す言葉がいくつかある中で、「若い雄牛」という言葉が選ばれていることから、牛の像が造られた場面は、精力を象徴する雄牛を祭っていたパレスチナ地方の土着の宗教を背景として記されたと考えられています。

また創世記には、人々が耳飾りをしていたことが伝えられておりました(創世記35章4節)。創世記に記されている「耳飾り」と、「金の耳輪」(出エジプト記32章3節)という言葉は、元々は同じ言葉が用いられていることから、イスラエルでは古代から耳飾りを用いる習慣があり、その習慣が長く続いていたと考えられています。

 しかし、金の牛が作られた場面以降には、耳飾りについて直接ふれている箇所がありません。このことからイスラエルの人々は、土着の宗教に影響されて金の牛を造った出来事を恥じる気持ちで、耳輪を用いなくなったと考えられています。

 耳輪で造られた偶像に以上のような背景があることから、私たちは、道を誤って金の牛を造ったイスラエルの人々の姿に照らして自らの歩みを顧み、神のみに信頼を置く信仰の民として歩み続けてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:聖書研究, 23:39
comments(0), trackbacks(0), pookmark