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礼拝メッセージ 2019年11月24日

2019年11月24日
聖書:ヨハネの手紙一5章1〜21節

説教題
「真実なる神」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


今日の御言葉の始まりには、神の御子イエスをメシア(救い主)と信じ、教会の交わりを堅く築くことの大切さが示されています(1〜5節)。また「水」という御言葉には水による洗礼式が、「血」という御言葉には聖餐の杯が示されているため、ヨハネの手紙が書かれた時代には洗礼と聖餐が教会に定着していたと考えられています(6〜12節)。さらに結びの御言葉には、真の神である御子イエスによって永遠の命へ導かれる恵みが伝えられています(20節)。これらの内容はいずれも、時と場を越えて、全ての教会にとって大切な意味があります。なぜなら信仰を告白し、洗礼と聖餐を尊びつつ永遠の命へ向かって歩むことは、教会の信仰の基本であるからです。この意味を心に刻み、神の御子イエスを救い主と告白し、洗礼と聖餐を大切に受け継ぐと共に、御子イエスと聖霊によって日々の歩みが永遠の命へ導かれている恵みに感謝を捧げながら、アドヴェントへ歩み出しましょう。

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礼拝メッセージ 2019年11月17日

2019年11月17日
聖書:使徒言行録16章6〜15節

説教題
「キリスト教は新しい!」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


ギリシアには古い時代から伝えられていた神話が多くあったため、教会が伝道を始めた時代の人々は、キリスト教を新しい宗教と考えていました。またギリシアには古代から現在に至るまで、神話の神々に関わる遺跡が多く遺されています。このためパウロをはじめとする初代教会の伝道者たちは、古い宗教や文化の中で苦労して伝道していたと言われています。しかし使徒言行録には、神様がパウロや使徒言行録を書いたルカのために聖霊によって道を開き、ギリシアの大きな都市であったフィリピで、リディアとその家族を洗礼へ導いて下さったと伝えられています(11〜15節)。パウロやルカたちが泊まったリディアの家は、この後にフィリピの教会へ発展しました。この出来事は、私たちに身近な意味があります。なぜなら私たちも、お寺や神社などの古い宗教や習慣の中で教会やキリスト教主義の学校へ通っているからです。この意味を心に留めて、聖書のお言葉と聖霊によって神様のお心にかなった道を歩み続けることが出来るように祈り合いながら新しい週へ歩み出しましょう。

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礼拝メッセージ 2019年11月10日

2019年11月10日
聖書:ヨハネの手紙一4章1〜21節

説教題
「真理の霊」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


今日の御言葉には、御子イエスへの信仰を告白することと礼拝で語られる聖書の御言葉によって、神から出た霊(聖霊)の働きを確かめることの大切さが伝えられています(1〜6節)。ヨハネの手紙が書かれた背後の教会では、「偽預言者」が「反キリストの霊」によって教会を混乱させていました(3節)。このため手紙の著者ヨハネは、聖書の御言葉と信仰告白によって真理の霊と人を惑わす霊を見分けることの大切さを語り伝えました(6節)。このような背景は、私たちにとって警告の意味があります。なぜなら私たちも、聖書の御言葉に耳を傾けず、信仰を告白した後に神の御心から離れてしまうことがあるからです。この意味を心に留めて、聖書の御言葉と聖霊によって確かな教会生活へ導かれるように祈り合いながら、新しい週へ遣わされてまいりましょう。

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礼拝メッセージ 2019年11月3日

2019年11月3日
聖書:ヨハネの手紙一3章11〜24節

説教題
「神の愛に留まる」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


今日の御言葉に繰り返し書かれている「互いに愛し合いなさい」という勧めの言葉には、神の私たちへの愛を礎として愛し合うことの大切さが示されています(11、18、23節)。また「カインのようになってはなりません」という御言葉には、ヨハネの手紙が書かれた時代に、教会の交わりを損なう人々がいたことが示されています(12節)。このため手紙の著者ヨハネは、カインが兄弟のアベルを殺した出来事をふまえながら、自分の行いを顧みることを勧めています(創世記4章参照)。さらに「世があなたがたを憎んでも」という御言葉には、ヨハネの手紙が書かれた時代に、教会から離れて「世の人」となってしまった人々がいたことが示されています(13節)。このような背景は、私たちにも身近な意味があります。なぜなら私たちも、自分の悪い行いに気付かないことがあるからです。また私たちも、教会に様々な問題が起こった時には、信仰が揺らいでしまうことがあるからです。この意味をおぼえて、聖書の御言葉と聖霊によって神の愛に留まり、確かな教会生活を歩み続ける者とされるように祈り合いながら、新しい週へ遣われてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 20:45
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礼拝メッセージ 2019年10月27日

2019年10月27日
聖書:ローマの信徒への手紙3章21〜26節

説教題
「信仰による義」

早川明彌神学生(要旨)

 


律法の実行によっては誰も義とされません。むしろ義とされた者が、愛に基づいて律法を行うことが大切です。罪なき神の独り子イエス・キリストの十字架によって神の義が与えられます。人の罪は重大なことですが、神の義は罪への罰ではなく、罪のない歩みへ導かれることです。神の義は人間に対する神の正しさで、これを神は人間に分け与えられるのです。神の義は、キリストへの信仰により与えられます。信仰とは真実なる神を受け入れ、全面的に信頼することです。神もキリストも真実で確かな方です。このキリストを心から信じ受け入れることが大切です。ここでも神は先手を取っておられ、私たちが定かでなくても神は確かなのです。信仰はキリストの恵み深い約束が土台であり、聖書の御言葉と聖霊によって私たちの心へ確かに示されます。信仰によって私たちは安心を与えられるのです。

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礼拝メッセージ 2019年10月20日

2019年10月20日
聖書:ヨハネの手紙一2章28節〜3章10節

説教題
「神の子とされる」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


「愛する者たち、わたしたちは、今既に神の子です」という御言葉には、教会に連なる人々が神の子とされている恵みが示されています(2節)。また「御子が現れるとき」(2節)という御言葉は、御子イエスが再び来られる終末の時という意味であるため、この言葉には、再臨の時に備えて神の子として歩み続けることの大切さが示されています。ヨハネの手紙は、信仰者を惑わせる悪魔のような人々がいた教会に宛てて書き送られました(7〜8節)。このため手紙の著者ヨハネは、教会が混乱している中でこそ神の子として歩み続けることの大切さを伝えるために、この御言葉を記したと考えられています。このような背景は、私たちにも大切な意味があります。なぜなら神は私たちを含めた全ての人々を、神の子として招き導いておられるからです。この意味を心に留めて、神が信仰の先達の方々を守り導いて下さったように、私たちの日々の歩みを支えておられる恵みに感謝を捧げながら、新しい週へ遣わされてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 13:54
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礼拝メッセージ 2019年10月13日

2019年10月13日
聖書:ヨハネの手紙一2章18〜27節

説教題
「神に結ばれて歩む」

渡辺善忠牧師(要旨)

 


ヨハネによる福音書とヨハネの手紙では、洗礼を受けて御子イエス・キリストの体である教会につながることの大切さを示すために「メネイン」(つながる)というギリシア語が多く使われています。今日の御言葉の中では、「結ばれる」という言葉が「メネイン」の派生語であり、「心にとどめなさい」、「いつもあるならば」、「いつもいるでしょう」という御言葉の原語は、いずれも「メネイン」という言葉です(23〜24節)。この御言葉は、新約聖書全体で118回の内、約半分の67回はヨハネ福音書とヨハネの手紙で使われています。このため、ヨハネの名前で文書が書かれた地域の教会では、教会につながることの大切さを伝えるためにこの言葉が用いられていたと考えられています。この意味を心に刻み、主イエスの体である教会に結ばれて確かな信仰生活を歩む者とされるように祈り合いながら、新しい週へ歩み出しましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 13:57
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礼拝メッセージ 2019年10月6日

2019年10月6日
聖書:ヨハネの手紙一2章1〜17節

説教題
「神の御心を行う者」

渡辺善忠牧師(要旨)

 


ヨハネの手紙が書かれた時代は、信仰の理解を巡って教会の人々が対立していました。このような状況は「世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます」という御言葉に示されています(17節)。なぜなら「世も世にある欲も、過ぎ去って行きます」という御言葉には、教会を混乱させていた人々が滅びることが示されているからです。また「神の御心を行う人は永遠に生き続けます」という御言葉には、教会が様々な問題で混乱している時にも、神の御心に従い、永遠の命に向かって歩むことの大切さが示されています。このような背景は、私たちにも大切な意味があります。なぜなら私たちも、教会でも日々の歩みにおいても様々な課題の中を歩んでいるからです。この意味を心に刻み、大きな困難や悩みに直面している時にこそ、聖書の御言葉と聖霊によって神の御心に従う者とされるように祈り合いながら、教会生活を歩み続けてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 14:00
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礼拝メッセージ 2019年9月29日

2019年9月29日
聖書:ヨハネの手紙一1章5〜10節

説教題
「神は光」

渡辺善忠牧師(要旨)
 


今日与えられました御言葉には、「光」という御言葉が三回書かれています(5〜7節)。創世記の始まりには、神様が天地を創造された時に、最初に光を創られたと伝えられています。私たち人間も、動物も自然も光がなければ生きていけないため、神様は最初に光を創造して下さいました。またヨハネによる福音書の冒頭には、イエス様が世界を照らす光であると書かれています。創世記やヨハネ福音書をはじめとして、聖書では神様の存在や働きを示す時に「光」という御言葉が使われています。ヨハネ福音書、ヨハネの手紙、ヨハネの黙示録には「光」という御言葉が多く使われています(新約聖書73回の内33回)。このためそれぞれの著者が属していた教会では、聖書全体に伝えられている神様の恵みを語り伝えるために「光」という御言葉を用いていたと考えられています。この意味を心に刻み、神様が光を創って下さったお働きと、世の光であるイエス様が私たち一人一人の歩みを照らし導いておられる恵みに感謝を捧げながら、新しい週へ歩み出しましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 22:42
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礼拝メッセージ 2019年9月22日

2019年9月22日
聖書:ヨハネの手紙一1章1〜4節

説教題
「永遠の命」

渡辺善忠牧師(要旨)
 

 

 

「永遠の命」という御言葉には、神が御子イエスを地上に遣わし、十字架と復活によって死を滅ぼして下さった御業によって、全ての人々を永遠の命へ招いておられる恵みが示されています(2節)。ヨハネの手紙が書き送られた地域の教会では、信仰の理解に違いがある人々が対立していました。人々の対立によって教会が混乱していたため、手紙の著者ヨハネは「永遠の命」という御言葉によって、神の救いの御業に目を上げることの大切さを語り伝えたと考えられています。ヨハネの手紙がこのような状況の中で書かれたことは、私たちにも大切な意味があります。なぜなら私たちは、教会でも日常の歩みにおいても、様々な争いに直面する時には、人間的な思いに惑わされずに、神が私たちを永遠の命へ導いておられる御業に繰り返し立ち返ることが大切であるからです。この意味を心に刻み、困難や深い悩みに直面している時にこそ、聖書の御言葉と聖霊によって永遠の命へ至る道を歩み続ける者とされるように祈り合いながら、新しい週へ遣わされてまいりましょう。

author:sugamo-church, category:礼拝メッセージ, 22:42
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